ライフワーク

ネテロ会長が最後に使ったミニチュアローズ

ミニチュアローズは最終兵器みたいなもの。

これは自然、動物が消し飛んでしまう恐ろしい武器です。

討伐だけを優先すれば有用ですが、毒の問題があるために安易に利用できないものです。

また、作戦遂行の段階では、メルエム以前にキメラ=アントの状況自体が把握できていませんでした。

作中世界では「キメラ=アント」と言うものは、単に特殊な生態を持つ昆虫と認識されており、危険性があるものの人間社会にとって脅威になる可能性があるとは想定できないものでした。

できれば使いたくなかったが、、、それ以外に方法がなくなったから、使ったのでは。

メルエムさえ倒せば、ゴン一人でピトーをつぶしたところから、後は、十二支んとかヒソカ、クロロ級の念使いを何名か投入すれば、なんとかなることがわかります。

HUNTER×HUNTERの世界に存在する超小型の核爆弾といったところでしょうか。

ネテロの体内に仕込んでおけるほどのサイズでありながら、その爆発力や殺傷能力は通常兵器をはるかに凌駕する。

百式観音の零さえもほぼ無傷で受け止めたメルエムですら至近で貧者の薔薇(ミニチュアローズ)を受けたことによって瀕死の重傷を負うことになった。

ハンターハンターのキメラアント編で人間側の代表として戦ったネテロ会長の死因や最後について考察も踏まえて解説してきたいと思います。

いわゆる爆発オチとされている自爆を深く考えていきたいと思います。

ウボォーの最終目標が「拳で核ミサイルと同等の破壊力を出す」だったけど、核兵器はハンターの世界でも最大級の力(物的な)の象徴なんだろうと。

ネテロは武を極めてきた人間だけど、別に破壊兵器になろうとした人間ではないので、私は別に微妙とは思いませんでした。

「闘志」より「悪意」の方が相手を傷付ける力が強いのって当然だし、ゲンスルーの能力を見ていても思うけど、殺傷を目的とした力と闘う為の力って区別されてるなと。

ネテロが自爆する直前、王は初めて恐怖を感じたと書いてありました。

念はそのときの感情が影響するみたいですし、初めての恐怖、ということで王自身感じたことのない感情だったのでそれも影響しオーラが乱れ、防御力が下がった。と無理やり解釈してます。

所詮、人間がどんだけ強かろうが、核には勝てない。

物凄く生々しくて現実的な描写をあえてしてるのだと思います。

私は、冨樫さんらしいと思いました。

かつては人間の住む世界では最強の時代もあったネテロ会長の想いとはいったい・・・。

アイザック=ネテロという神の名前の由来を持っていたハンター協会の会長の死は、コムギとメルエムの軍儀とも大きく関わっています。

東ゴルトー共和国は北朝鮮がモデルとなっている国でした。

ネテロが戦場として核兵器の実験場となった場所を選んだのも、戦いやすかったというよりは貧者の薔薇(ミニチュアローズ)を使用しても周囲にいる人間に影響を与えないためだったと考えられる(最大の目的は護衛軍との分断にあっただろうが)。

現実社会における日本、北朝鮮、アメリカの歴史や現状などとキメラアント編はリンクしている部分もありました。

ネテロは、使用を禁止されている非人道兵器の使用を、自身の死を持って責任を取っているのです。

使うだけでも国際条例違反の重罪なのに、何の罪も無い東ゴルトー国民すべてを虐殺して許されるはずがないですから。

泣けます・・・。

ネテロの死因

ネテロ会長は蟻の王であるメルエムとの激闘を繰り広げましたが、右足と左腕を奪われました。

かつては人類最強であったネテロ会長が繰り出した百式観音の技は通用しませんでした。

奥の手である「零の掌」ですらメルエムを倒せなかったのです。

そこで元々死を覚悟して戦いに挑んでいたネテロ会長は自爆という選択肢をしたわけです。

最後の時は人間の悪意をその身に背負っていたかのようでした。

ネテロ会長の最後

絶対に負けれない背水の陣でキメラアント討伐に挑んだネテロ会長は蟻の王と戦う前に手術を受けて体内に「貧者の薔薇(ミニチュアローズ)」を埋め込んでもらっていたわけです。

百式観音の「零の掌」が通用しなかった後に蟻の王に約束どおり「メルエム」の名を告げた後、自分の心臓を突いて自爆したのです。

かつては人間の世界で最強の念能力者だったハンター協会会長の最後が自爆でした。

ちなみにこの「零の掌」の原作での描写の1コマはジブリの「風の谷のナウシカ」の巨神兵のようなアングルがあるんですよね。

自爆の手段はあらかじめ自分の身体に埋め込んでもらった「貧者の薔薇(ミニチュアローズ)」という悪魔のような非人道的な武器を自らの心臓を止める事によって発動させたという事です。

これは日本に2つ落とされた核がモデルとなっています。

もし百式観音でメルエムを倒せていれば体内の「貧者の薔薇(ミニチュアローズ)」は手術で摘出してもらう予定だったのだと思います。

都市に落とせば何の関係もない子供や老人や女性であっても無差別に命を奪うことになるわけで、非人道的な武器である事は明白です。

人類史上で核を人に向けて使ったのは日本を財布やカモにしているアメリカでした。

実際には自国での核の実験中に放射能の危険な事実を知らされていないアメリカ国民も亡くなられているようです。

非人道的な拉致行為をしてきた北朝鮮もこの核の開発をしています。

まさに貧者というか心の貧しい国が保有しているという一面があります。弱い犬ほどよく吠えるといいますが、まさに心が弱い国の脅しの武器でもあります。

とはいえ日本も心の弱い国のいいなりになっているわけで同類以下なのかもしれません。

自爆に関する伏線

ネテロ会長が自分の心臓を突いて自爆するという爆発オチはハンターハンターの作品の中では、その前に伏線として存在していています。

ネテロ会長の死因となった「貧者の薔薇(ミニチュアローズ)」での自爆は実は伏線があったという事です。

それがコムギとメルエムの軍儀です。

人と蟻との攻防が軍儀での対局で事前に明確に結論が出ていたのです。

HUNTER×HUNTERのコミック23巻「No.245 6-②」「No.246 6-③」における王とコムギの軍儀での対局で勝負は決まっていたという事です。

メルエムの手5-5-1中将がネテロとの百式観音との攻防を指しているので、それに止めを刺すコムギが打った9-2-1中将新が王を倒した貧者の薔薇(ミニチュアローズ)だったわけです。

HUNTER×HUNTERのコミック28巻「No.297 最後」ではその事が語られています。

メルエム「貴様は・・・!!!」

ネテロ「そう・・・貴様は・・・」

「詰んでいたのだ。初めから。」

この最後のセリフは私はてっきりネテロ会長のセリフと思っていたのですが、テレビアニメではメルエムのセリフとして演出されていたようです。

ただよく考えると二人同時に放った言葉が正しい感じもしますね。

原作ではその後に挟まるナレーションが心に刺さります。

「人と蟻でどこが違うのか」

生物的な観点から考えると、いわゆる外の世界ではなくゴン達の世界を支配するという種族全体の本能がメルエム自身の使命であり、運命だった。

しかし、完全無欠に見えたメルエムが唯一誤った選択肢を犯したと考えられる。

それはネテロ会長と対峙した際にネテロが読み取った

人と蟻の狭間で迷ってしまった事

もちろんそのキッカケになったのはコムギである。

メルエムは将棋や囲碁の世界チャンピオンにも勝ちましたが、 グンギと呼ばれるボードゲームにおいて 世界チャンピオンのコムギに勝つ事が出来ませんでした。

この事から、人間の奥深さを知り、力で人を支配しようとした考えを改めます。

また、世代から世代で大きく変質してしまうというキメラアントの生態自体も、奉仕の先にメルエムのような超個体を生むと共に、歴史を重ねられないという弱点を生んでしまう。

人間と中途半端に関わったことからユピーにも迷いが生じたり、王自身は弱いものを生かす為に力を使うことを学習してしまった。

ピトーとプフによってパームの脳を改造までしたにも関わらず、自分自身がキメラアントとして間違った学びを得てしまっている。

これは日本と北朝鮮とアメリカも含めての風刺のようにも思えます。

貧者の薔薇(ミニチュアローズ)は爆弾としての威力もさることながら、その真の恐ろしさは生物兵器としての側面にあった。

爆風を受けても絶命しなかった生物の体を毒で蝕み、さらにはその肉体を媒介として近くにいる生物も毒に感染する仕組みになっている。

この毒の内容は放射性によってDNA自体を破壊するものなので、解毒剤などの類は(おそらく)存在せずメルエムでさえも死から逃れられなかった。

この毒の影響でメルエムだけでなく近くにいたユピー、プフさらにはコムギが感染し死亡した。

そもそも念の攻撃は念で防御できても爆発による熱(爆心地は数千度に達するはずなので)は念で防御できないというベクトルの違いがあります。

念能力者といえど火の中では無事には済まないと思うので。

とはいってもフェイタンがライジングサンのなか具現化したであろう鎧をまとい無事でいました。

つまり耐熱性を持たせた物を具現化してしまえば看破できます。

たしか通常の戦闘では練による防御だったと思うので練では熱をどうにもできないだけです。

(練の師団長は焼け死んだのに対し鎧をまとったフェイタンはぶじなので) 具現化系だけではなく変化系、強化系でも方法はあると思いますが、

共通してるのは練の修行ではなく耐熱できる能力を開発しないといけないことです。

なので練だけで生き残ったあのシーンは実は王の最強さを表しています。

王がフェイタンみたく耐熱できる能力を開発すればあの程度の爆発なら無傷で済むかもしれないです。

仮に、

↓ 王に一応傷を負わせた零式がミニチュアローズに勝っている可能性が出てきます。

↓ 核でも王を殺せなくなる可能性も出てきます。

そう考えるとフェイタンの戦闘シーンはなくてはならないものでした。

いかに薔薇といえども、至近距離で爆発させなければ王に致命傷は負わせられなかったでしょう。

討伐隊からすれば王の詳しい位置は分からないわけですし、当てずっぽうで爆破させるというのは博打が過ぎるように思います。

薔薇の毒を期待するにしても、護衛軍の詳しい能力は不明ですし、解毒できるような能力者がいないとも限りません(例えば旅団のシズクのような)。

ですので、少なくとも王と護衛軍を分断し孤立させ、確実な王との一騎打ちの状況を作り出す役割は不可欠だったのではないかと(実際のところ分断が成功したのは王の意思に依るところが大きかったようですが)。

それに、これはあくまで個人的な意見ですが、薔薇による爆殺はあくまで保険的な意味合いが強かったように思います。

ネテロ自身も敗色が濃いとはいえど負けありきで挑んでいたわけではないでしょうし、人類の勝利を確実とする為に敢えて自らの武に反しているとも言える薔薇を積んだのではないかと思います。

ハンターたるものなにかを狩らねばならない

ネテロ自身もう挑戦者になっていた。

敵わない場合王さえ殺せればよかったわけですから。

ネテロと王は遠くに移動して負ければミニチュアローズで相打ち 王復活は流石に想定外、上記のユピー、プフ倒せてれば復活はなし。

ネテロが「貧者の薔薇」を最終手段としていたのは、単に自身が強敵であることが想定されていたキメラ=アントの王と直接対決したかったからです。

この自己満足により、周辺国家や人類を危険に曝すことが無いように、倒さなければ使用すると言う大前提あってのことです。

そもそも、空爆で該当地域の一般人約500万人を巻き添えで見殺しにして、

対処する予定でしたが、影響を最小限とするためハンター協会に丸投げしたことで、

(本来は使用が許可されない貧者の薔薇を利用できた理由でもある)、ネテロの独断が通用したものです。

一般人などの犠牲を考えず、王宮にミサイルを撃ち込むなら簡単に倒せたと思います。

秘密裏に葬る必要があったためとパリストンの妨害があったために、ハードルが上がったためだと思います。

ネテロはやはりどこまでもハンターであり、武人なのです。

ハンターとして最後に、最強の敵に挑むという最高の気分を味わいたかったのだと思います。

実際、ネテロは王との戦闘中にこれまでの人生で最強の敵と真剣勝負していることに感謝し、気持ちが激っています。

そして勝算が少ない中でこそ挑むことが真剣勝負の醍醐味だと感じています。

あくまでハンター、念能力者として遥か格上の相手に勝ちたかったのです。

薔薇はあくまでも「最終手段」です。

勝負に勝って使わずに越したことはありませんから、

ネテロとしては百式の零で勝つ算段だったのでしょう。

しかし零さえも王には通じず、ここで躊躇なく薔薇の使用を決意したのです。

ネテロの武人としての誇り、これまでの生き様、それを考えると、

ネテロが最初から薔薇を使うという選択はありえないことですね。

蟻討伐の作戦指揮はネテロがとっていたはずです。

武を極めた者として直接戦って王を倒したかったのだと思います。

敗色濃厚な戦いで勝つというのがネテロの考える武みたいなこと書いてあったし、

王はそんな戦いができる唯一の相手だったんじゃないでしょうか?

しかし、ハンター協会会長として王は必ず討たねばならず、自分が敗北した時のために爆弾を用意しておいたのでは。

ネテロにとっても貧者の薔薇=悪であり使ってはいけない兵器という認識だったとおもいますが、それでも貧者の薔薇を使ってしまったのが人間の底知れぬ悪意なのです。