ミソフォニアと言っても、そのトリガーとなる音は人それぞれらしい。

私の場合は、静寂な夜を破壊する花火や、

上の階からのドドドドっという足音や、

夜遅くに外から聞こえてくる酔っぱらいの声とか、

深夜に走る爆音バイクや、

お店の中で、大笑いして話している女子高生たちとかが特にダメで、

そういう時は、イヤホンで音楽を聴いたりして凌いでいます。

なかには咀嚼音とか、咳とか、キータッチ音がダメという方もいるそうなので、

本当に人それぞれなのだと思う。

音って、大丈夫な人は大丈夫だから、

人ってなんか、すごく違うんだな。

自分のコントロールはむずい。

聴覚過敏なのかもな・・・。

と思っていました。

なので、漢方医に相談して、

漢方薬を、保険処方してくれるようなクリニックに行ってきました。

私はとりあえず、

心療内科でミソフォニアであることを相談したら、

先生が知っており、漢方などを勧められましたが、

私にはイヤーマフや耳栓があっていると感じて、

何も処方はされていないです。

しかし、

結局、夏になると花火大会に対して怒りの感情がでてきて、

聴覚過敏とミソフォニアの漢方をさっと調べたら、

柴朴湯(サイボクトウ)が効果ありそうでした。

ちなみに、心療内科の先生に勧められた漢方薬は、

抑肝散(ヨクカンサン)という漢方です。

漢方といっても市販薬は医療用と比べて、有効成分が半分くらいみたいです。

なので、試すなら、

漢方医のいるクリニックで医療用漢方を処方してもらうほうがいいと思います。

ただ、もしかしたら自分が猫背なのも影響しているかも、

首肩背中コリに自覚あるのなら、血行不良性の聴覚過敏があります。

ある音域が響く感じとかです。

自覚があるなら、猫背改善体操、骨盤体操、片腕ずつ大きく回すなど、

骨格整えて、筋肉を緩めようとするのは改善につながるかと思います。

整体、鍼灸などもいいと思いますが、

高いし、施術師の腕もピンキリなので、よい先生を探す必要はありますが・・・。

この症状で、もし心療内科などに行くと、本格的なメンタル薬が出てきて、

若い人だと、

これから長い人生、その手の薬と縁が切れなくなるのは案じられてしまいます。

長期的に服用することになるでしょうが、

メンタル薬は、副作用、依存症による離脱症状なども問題になります。

気持ちの悪い症状の副作用がでても、

断薬しようとすると、依存症によるひどい離脱症状があらわれます。

やめたくてもやめるのが難しいのです。

女性なら、妊娠の時に断薬しなきゃになりますが、

その時に大変な離脱症状に見舞われることになるかと。

何か薬を試すなら、まずは漢方で色々試されたらいかがでしょう。

漢方なら、合わなきゃやめたらいいだけなので。

私は最近ミソファニアという言葉を知り、

自分に当てはまっていると思っている者です。

参考になればと思い、色々答えさせていただきますね。

私の場合、花火、咀嚼音、咳、ですかね。

音だけでなく、その人の顔や仕草にも嫌気がさします。

結婚して子供もいるのですが、歯磨きは自分の周りでしないようにお願いしてます。

咀嚼音はその都度注意してますが、

私の場合、仕事中や日常生活で困るのは、夜に突然やる花火の音くらいですかね。

花火大会が長時間続く場合は、脳内で音楽を流したり別の事を考えるようにしています。

日本ミソフォニア協会によると、

ミソフォニアとは、特定の音に対して逃避願望や攻撃的衝動の伴う強い否定的な反応(嫌悪、怒り、憎しみなど)を示す障害です。
DSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)やICD(国際疾病分類)には記載されていません。
原因は精神的というよりも神経学的と言われています。ミソフォニアの症状を抱える人にとって、その音は決して容易に我慢できるようなものでは無く、何度も音が繰り返されればその場から逃げ出したくなります。

トリガーとなる音の例

・鼻すすり
・咀嚼音
・咳払い
・咳
・くしゃみ
・歯磨きの音
・タイピング音

これらの音は「人が日常的に発する音」や「反復的な音」という特徴があります。そのため、ミソフォニアは日常生活に著しい影響を与えます。

とのことです。(ミソフォニアとは|日本ミソフォニア協会)。

私はおそらくミソフォニアです。

ミソフォニアは近年発見、提唱されるようになったばかりの疾患であり、

私が探した限り、日本語の論文の中で「ミソフォニア」という単語を含むものが数件、

ミソフォニアそのものについて書いた論文はゼロでした。

一般だけでなく、

研究者の中であっても、ほとんど認知度がないのですから、

もちろん精神科や心療内科にいっても診断がつく訳ではありません。

私自身は自覚症状から自分で調べ、

ミソフォニアが最も近い症状だと感じました。

似たような症状に聴覚過敏があります。

そのため、診断などはついていませんが、

この記事では、自覚症状として、

私はミソフォニアなのであろうという前提のもと書き進めていきます。

冒頭の引用で「容易に我慢できるものではない」という記述がありますが、

実感としてはそんな生ぬるいものではありません。

私は、ミソフォニアは自他に対してとても暴力的な疾患だと思います。

夜は静かにしてほしいのに、

花火という、トリガー音を聞いた時の感情は我慢できないというより、

憎悪や殺意に近いものです。

Twitterでミソフォニアの方のつぶやきを見ても同様のものが多いので、

これは私個人の特徴ではなく、割と一般的な症状なのだと思います。

トリガー音を聞くたびに、汚い感情を抱かざるを得ないわけですが、

同時にそれに対して自己嫌悪・恐怖します。

「なぜ他の人が普通にできていることが自分にはできないのか」。

「相手は悪くないのに、なぜこんなにも嫌悪してしまうのか」。

「この衝動のせいで、いつか本当に誰かを傷つけてしまうのではないか」。

 

夏の長野は花火が多いので、

花火大会の時期になると、

私は東京に帰っています。

毎日の生活の中で、大部分をこのような思いと共に生きていかなければなりません。

また、私は咀嚼音が苦手すぎて、

中学生の頃は、家では1人でリビング以外の場所で食事をとっていました。

自分が家族団欒を壊しているという自覚はあるのです。

申し訳なくも思っています。

でも、もし一緒に食べたら、

団欒を壊す以上の害を、

家族に与えてしまうのではないかという不安も常にあるのです。

自分でも「これは気になるとか敏感とかいうレベルじゃない。異常だ。」と思い始め、

インターネット上で自分の症状について調べ始めます。

そしてたどり着いたのが「ミソフォニア」という疾患。

ミソフォニアという疾患を知った時の率直な感情は、衝撃と安堵、そして絶望でした。

 

「こんなに自分の症状と一致することある⁉︎」という衝撃。

「他にも同じような症状の人がいるんだ。自分だけが異常なわけではないんだ。」という安堵。

「治療法がないんだ。自分は死ぬまでこの症状や感情と過ごさなければならないんだ。」という絶望。

 

そうなんです。

ミソフォニアは治療法が確立されていないんです。

なんなら原因もわかっていないし、

疾患としても正式に認められていない。

きっと「ちょっと敏感なだけなのに大袈裟に騒いで、人のせいにして被害者づらすんなよ。」と思う人もいるだろうな、と思います。

しかし、他人にそのくらいの雑音が無理でどうするの?

と何度も言われたら、

今度から『お前は喘息や心臓病の子に、「そのくらいのランニングで死にそうになるなんてどうするんだ、根性で走れ」と言ってるのと同じだ』と返してやっていいと思います。

他のミソフォニアさんの中にも、

私と同じような体験をされた方がいて、

私も嫌な音を立てる人を睨んでしまいトラブルになった事があります。

『意思とは関係なく、人体から出る音に過敏に反応してしまうので、耳栓等の使用を許可したり、静かな場所に避難させてください』と伝えると、

逆に困難を悪質に揶揄してこられるのではと不安になるでしょうが、

『おかしいのは困り事のある人を更に追い込む輩であって、自分は何も悪くない』ということを強く思ってください。

花火なんか、何がいいのか理解できません。

そもそも、爆発しているのを見て何がいいのでしょうか。

見に行った人は、

「人が多過ぎて横断歩道が渡りきれないくて、車が立ち往生して、誰も身動きできなかった。圧死するかと思った」そうである。

花火って、命の危険を犯してまで見に行く必要があるのか?

何度でも言おう、私は花火大会が嫌いである。

夜の静かな部屋で、「ドーン、ドーン」と音だけ聞こえてきた、

受験勉強している夏の夜以来、

打ち上げ花火は私にとって腹立たしい存在になった。

一緒に見に行く人がいなかったから、と言ってしまえばそれまでだが、

でも本質的に…やっぱり花火大会は嫌い

だって、打ち上げ花火はこちらの心を思いやってくれないのである。

① 待ち時間がストレス。
花火が打ち上がる合間合間の待ち時間が中途半端で、いつ上がってくるのかわからない。

だから、常に心の準備をしていないといけない。

「今か今か」と待つのが、ストレスである。

どうして、そこまでもったいぶるのか不明だが、

人を無駄に待たせる、上から目線な態度が私は嫌いだ。

②終わりがいつくるかわからないのがストレス。

もっと嫌なのは「いつ終わるのかわからない」ことだ。

「いつ終わるの?」という小さな不安を、

ずっと抱えながら夜空を見上げていなければならない。

闇のようなストレスを感じながら、

赤だとか青だとかの、絵の具が空に散るのを見て、

煙が流れずに滞留しているのを見ていると、

綺麗だとか楽しいと思う余裕もなくなってくる。

「終わったのかな」と思ったら、打ち上がる。

「もう終わったのかな」と思ったら、もう一度あがる。

不死鳥のようで、「じゃあ、もう一回上がるのかな?」、

と思ったら・・・今度はない。

終わったんだ。THE END。

「以上で終了です」というアナウンスも聞こえないので、

なんとなく「これで(私たち)終わったんだね」と、帰路につく。

すると不意にうち上がる。

予測不能を気取ってんじゃないよ!

人の気持ち弄ぶかのような、構成台本があるんだかないんだかわからない、

実にイタズラな態度がめっちゃ悔しい。

結果、花火大会を終えたあとのストレス、不満、疲労感は、気持ち悪くて仕方ない。

そうなのだ、私にとって「花火大会は気持ち悪い」のである。

そのくせ、終了後に胸を潰したような虚無感をしっかり残していくのが、

人をばかにしている。

まるでチンピラの男がドアを開けて去っていった後のような後味の悪さ。

アホすぎて涙が溢れる。

もう花火大会なんてどこがいいのかわからない。

だから、花火大会は嫌いです。

ひねくれている私はむかしから、

ドンドンドンドン、爆弾のような音で爆裂する光をただぼうっと眺めることに、

なんの興があるのか全く分からないのだ。

花火大会はどこもかしこも人が多いし、

ちっとも涼しくないし、暑いし、疲れるし、蚊に噛まれるし、

とにかく花火大会は謎である。

人は一体、花火を見るという一連にどんな魅力を感じているのだろう。

花火そのものの美しさより、

花火を大切な人と、一緒にみたという記憶に酔いしれているだけではないのだろうか。

花火そのものより、彼らは花火に付随するストーリーを作りたいだけでろう。

まずい・・・。

ミソフォニアの記事なのに花火の悪口しか書けなさそう。

そもそも、私は気づいた時には花火が大嫌いで、

小さい頃は花火が大会があったら、

泣いて部屋に逃げ込んで、クッションで耳を塞ぐくらい嫌いでした。

今まで1度も綺麗と思ったこともありません。

また、大人になった今でも好きになれません。

線香花火やTVで見る打ち上げ花火も好きではありません。

やっていたらTVを消します。

長野は花火大会がアホみたいに多いので(昼間も花火あげてる)、

なので家の近くでも毎年、何ヶ所かで打ち上げ花火が上がっていますが、

窓を閉めたくなるくらい嫌です。

夜に大きな音が出るから、眩しいから、

人の気持ちを考えていないところが腹が立つ。

寝ている人だっているでしょう。

花火師さん達は何も考えていない人達なのかなぁと自分で考えています。

私は大きな音が出るものや、眩しいのがあまり好きではないので。

夏の時期になると、あの猛烈な地響きのような花火の音で全く眠れません。

あんな花火なんて、江戸時代や昭和じゃあ、あるまいし、

自治会なんて入会する輩なんて皆無なのに、やらないで欲しいです・・・。

それと近くには公民館があるんですが、

この時期になると、老人達が集まって、

民謡だか演歌をバカでかいスピーカーで流しながら太鼓叩いたり、

神輿出してきて祭りをやるの止めて欲しいです・・・。

うるさくて眠れません。

この時代に太鼓だの、神輿担ぎしたところで、時代に逆行してるし、

騒音でしかない公害をふりまかないで欲しいです。

こうした古めかしい公害はなくしてほしいものです。